米粒遊歩 〜自由と孤独と本と手帳〜

旅の手記、読書の記録、時々手帳。主人公ツバメが小説風に展開します。

【旅時記・奈良#2】蜜蜂とスパイス香る奈良の街角

本ブログは小説風に展開しております。

「おはよう、瑠璃。早速着てみたの? うん、見立て通り、よく似合ってる」

「そう? 結構気に入ってる。ありがとう」

 チドリがくれた青いスカートを履いてみると、ものすごく気分が向上した。何しろ私は青が好きなのだ。

 大好きなゲーム、任天堂の『MOTHER2』に登場する『ハッピーハッピー村』でも、合言葉のように唱えられる『ブルー・ブルー』に、毎度のことニヤニヤしてしまう。

 

 なんでもチドリは旅の荷物を少し減らしたかったらしく、遠慮なくもらってくれとの申し出を受けて有り難く頂戴したのだ。裾の大ぶりのヒマワリを模したと思われる幾何学的な模様が、特にお気に入りポイントだ。

「古着やって言ってたけど、殆ど新品やん」

「一回、二回は着てるって。細かいことは気にしない、気にしない」

 先日、キャンセルで予約客がゼロになって落ち込んでいたところ、この民宿〈朱鳥(あけみどり)〉にやってきたのが、旅鳥*1チドリだ。

 

 

 ふらりと入ってきたチドリは人懐こそうな笑顔が印象的で、いかにもバックパッカーといった旅の装いだった。アジアが好きらしく、服装も少数民族風のエスニック・スタイルがよく似合う。

 他の予約客が居ない数日間を連泊してくれる間に意気投合し、フリアコ*2で滞在してくれることになった。

 正直なところ、客足が遠のいている今は宿泊客こそ貴重で、宿の仕事自体が少ないので人員不足というわけでもない。けれど、旅鳥視点の、泊まりたくなる、なんなら留まりたくなる宿作りをやってみようかと、どこかくすぶっていた気持ちに火が点いた。

 もちろん、その気にさせたのはチドリだ。 

 

「じゃ、行こっか」

 コクリと頷いて、先に出たチドリに続いた。

 今から一緒に食事に行くのだ。しかも、チドリが見つけてきたお店に。

 ここ数日で、自分が如何に奈良を知らないかということを思い知った。奈良に生まれて、奈良で育ったというのに、だ。

 かつては民宿〈朱鳥〉もしっかりとした食事を提供していたものの、私の代になってからは、殆ど素泊まりがメインで、簡単な朝食を付けるかどうかのみ、宿泊客のリクエストに応じるスタイルになった。

 そのため、宿泊にかかるコストを安く抑え、周辺の散策に力を入れたい若者が客層の中心を占める。民宿〈朱鳥〉では自由に使えるキッチンを開放していないため、宿泊客は必然的に周囲の飲食店で食事を摂ることになる。

 

 これに関して、私がオススメの周辺情報を提供できないことに驚愕したのがチドリだ。

「え……っと、あんまりじゃない?」

「う〜ん……地元だからか、この辺りも奈良の他の地域も、知っているようでいて、あんまり知らんのよな」

 歳が近く、早々に打ち解けた私達は先日そんな話をした。はじめは遠慮がちに切り出したチドリも、次第に呆れ顔になった。

「そりゃあね。ただこの土地で暮らしてるってだけなら、それで良いんだろうけれど、瑠璃は他所から来た旅鳥を迎えて、送り出す仕事をしてるんだから、客に任せて知らん顔してるのはちょっとねえ」

「ま、まあ……そんな気はしてたけど……」

「そりゃあ、干渉されない方が好きな旅鳥も居るから、厚かましく教える必要はないけれど、ここに来ればコアな情報を拾える、この土地のことを知ることができる宿って、それなりにアドバンテージあるでしょう?」

「う……そ、そう言われてみればそうかも」

「まったく……」

 どこか姉御肌なチドリにタジタジとなりながらも、頼もしい味方とパーティを組んだみたいで嬉しくなった。

 

 向かった先は【8nosu】スパイスカレー蜂蜜のお店。

 興福寺の南にある猿沢池を横目に南へ。奈良町の一画で、歩いて気軽に行ける。

 

 今御門町(いまみかどちょう)を通過すると、ある曲がり角に目印を発見した。

曲がり角にあった8nosuさんのお店への案内板
お店の名前を沢山表示し、多肉植物が飾られた8nosuさんへの入り口

 「なんて分かりやすい。この辺りは路地だらけだから、うっかり通り過ぎちゃうもんね。こんな風に宣伝と親切が融合している辺りは、見習うポイントなんじゃない」

 チドリが真面目に呟いた言葉を、心の手帳にメモした。

 

 案内板から歩いてすぐにたどり着いたお店の入り口は、お店の名前が沢山表示されていて分かりやすい。町家風ながら、シックでどこかモダンな門構えだ。吊るされた多肉植物も可愛らしい。

 商店街の間の静かな路地に在って、猿沢池や興福寺のすぐ近くながら、落ち着いた雰囲気もいい。

 

落ち着いたブルーグリーンの壁紙とライトやドライフラワーが可愛らしい店内

 既にテーブル席が埋まっていたので、二人で並んでカウンター席に着く。

「なんか落ち着く色合い。この壁紙の色、良いなあ」

 ぼーっとしている間に、チドリは既に注文するカレーを選んでいた。

「ハイ、瑠璃はどの組み合わせにするの?」

 すっと押して寄越されたメニューを受け取り、じっくりとメニューを睨みつける。

 

 【8nosu】は薬膳スープカレーのお店。

 カレーの種類、スープ、辛さ、ライスの量を選んで組み合わせるのだ。

「じゃあ……『薬膳やさいスープカレー』にしようかな。チドリは?」

 店主に合図を送るチドリに尋ねると、慣れた口ぶりの返答があり、少しばかり圧倒された。

「『薬膳角煮スープカレー』『エビスープ』『大辛』『ライスM』」

石鍋に入ったスープカレーと福神漬け付きのライス

 まもなく届いたカレーの入った石鍋に、店主がミルで花山椒を振りかけてくれる。『シビレ』をプラスするという図らいだ。

ゴロゴロ野菜とボリューミーなトロトロ豚角煮が入ったスープカレー

 ゴロゴロと入った野菜に加え、チドリの石鍋にはボリュームたっぷりの豚角煮が入っている。 さっさと食べ始めてしまったチドリに倣ってスプーンを握りしめ、ライスをスープに浸して口に運ぶ。

 

 はっきり言って食レポは得意じゃない。むしろ黙々と食べてしまう質だ。

 

 民宿〈朱鳥〉のコモンスペースでも、チドリとそんな話をした。

「別に良いんじゃない? 食レポまでしなくても。要は宿の宿泊客に『取っ掛かり』になる情報提供ができれば良いんだから。むしろ中身をあまり知らない方が、探検の楽しみがあると思うけれど?」

 チドリはそんな風に言っていた。行って自分で確かめてみたくなる気持ちに繋がれば、それが一番いい、と。ただ、全く知らないものを話題にするのもね、というわけでこうして連れ立って食べに来たわけだ。

 

カウンター席とはちみつミントレモネード

 併せて注文した夏季限定のドリンク『はちみつミントレモネード』も爽やかで、気分がスッキリした。

 スープカレーのお店でありながら、店主の兄弟が独立して営む 「伊藤ゆう養蜂園」の直売店でもあって、店頭での試食・販売に加え、こうしてドリンクメニューにも採用されている。

 民宿〈朱鳥〉で提供する簡単な朝食に、奈良の蜂蜜を色々と集めて採用しても良いなあなんて、漠然としたアイデアも浮かんだ。トーストやホットケーキ、はたまたヨーグルトにかけるとか……

 これも、心の手帳にメモをする。

 

 身近な場所を歩くだけでも、こうして楽しむことができる。アイデアを生む事ができる。今までよく知らずに、なんとなく古くさいとしか思っていなかったこの街が、少し明るく見えだした気がする。

 こうして『灯台下暗し』という言葉を改めて思い知った。 

  

 

 *民宿〈朱鳥〉はこのブログのキャラクター瑠璃が営む、架空のゲストハウスです。

 

 

 【この記事に登場したグルメSPOT】

ならまちの薬膳スープカレーと蜂蜜の店 ハチノス-8nosu-

 

 

 

 

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*1:旅鳥:ここでは、様々な土地を自由に周遊する者たちのことを指す

*2:フリーアコモデーション:宿泊施設の仕事をする代わりに、無料で寝泊まりできる仕組み