米粒遊歩 〜自由と孤独と本と手帳〜

旅のあれこれを手帳に書き残すように。

【旅本】ブータン✕『アヒルと鴨のコインロッカー』

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【旅本】自身の旅や興味のある土地に関連する本についての記事

 

私にとって『アヒルと鴨のコインロッカー 』はブータンの記憶に結びつく本だ。

読んだのはブータンを訪問するよりもずっと前。

この本がブータンへ行くことになった直接のきっかけというわけではない。けれど、私をブータンに誘った人も伊坂幸太郎氏の小説が好きだから、間接的にこの本が私をブータンへいざなったのかもしれない。

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

 

 

Summary あらすじ

大学への入学を機にやってきた街で、椎名ははじめに出会った悪魔じみた男に本屋を襲撃しようと持ちかけられる。居なくなった犬に、尻尾の先が歪な黒猫。ペットショップに動物園。無くなった教科書と広辞苑。そして日本とブータン。様々な対比的なモチーフの中で現在と過去が交錯する物語は、やがて駅構内のコインロッカーの前で解けるように二手に分かれてゆく。

豊かな水に洗われる石ころが、なるようにしかならない人生を受け入れながらも時に抗う瞬間もあるのだと、静かに打ち明けるような物語。

Relation 土地と本の関わり

主要な登場人物として、カタコトの日本語と流暢な英語でコミニュケーションをとる青年がいる。留学生として日本の大学の研究室に所属する彼がブータン人である。

私がブータンでお世話になったガイドのJさんが日本に留学していたと話した時、まさに何年も前に読んだ『アヒルと鴨のコインロッカー 』が頭をよぎった。

  • ブータンという国について
  • ブータン人の考え方
  • 生き方の軸
  • 日本とブータンの違いや近似性

こういったことが、その人物を中心に語られる。

 

著者の伊坂幸太郎氏自身が書いている通り、物語に要求される描写や表現もあるから、断定的にブータンはこうであるという議論では勿論ない。

けれどブータンの雰囲気の一端は汲み取れるだろう。

 

はじめに読んだ時は『輪廻』という言葉、そして虫も殺さない、そういった話を少し意識したくらいだった。それが自らその地を踏むことで色濃くなってゆく。この本を通して、そういった体験をした。

だからこそ、こうした【旅本】記事を書き残そうと思い至った。

Impressive Sentence 印象的な一文

数ある印象的なシーンやフレーズの中から一つ。

クラクションを鳴らさないことと、細かいことを気にしないこと

「生きるのを楽しむコツは二つだけ」河崎が軽快に言った。「クラクションを鳴らさないことと、細かいことを気にしないこと」

別のシーンにも登場するこの言葉は、どこか口笛でも聞こえてきそうな、軽やかに世の中を渡り歩く楽観主義者の言葉にも思える。しかしこの後に続く会話が、この物語の根底に渦巻く深層心理とも言えそうな気がしてならない。

「滅茶苦茶だ」

「世の中は滅茶苦茶」河崎は心から嘆き悲しむかのようでもあった。「そうだろう?」

この言葉でこの節が幕引きとなる。

それがより一層、世を儚む想いも諦めも全部一手に引き受けて、『祈り』という形で昇華するブータンの人たちの姿に重なって視えた。事足りぬものを欲する渇いた生き方よりも、そこにある世界を如何に受け止め心を潤すかを、かの国の人々は心得ているのだ。

Discovery 発見

本を読むことでそれまでは意識していなかった概念や考え方、知らなかった言葉に出会うことがある。それは見知らぬ土地を旅した時の感覚に似ている。

鳥葬

死者の弔い方の一種。

「(悪い奴らとかさ、みんな鳥に食わせちゃえばいいんだよ)」

ドルジが、白い並びの良い歯を見せて、困ったように笑った。「(鳥葬っていうのは、殺す手段じゃなくて、死んだ人の葬儀の方法だよ)」

墓がないブータンでかつて行われていた弔い方。現代では火葬か水葬が主流で、鳥葬は僻地において稀にしか見られない。

馴染みのない土地の馴染みのない習慣は奇異に感じることもある。私も登場人物の琴美と同じく、悪い奴らとかさ……という台詞が口をついて出そうなものだ。先入観や感覚の違いが浮き彫りになった時、ドルジのように一旦その違いを受け止めた上で諦めずに真摯に向き合えるか。

 

理解や許容の第一歩は知ることにある。旅も本も、そのための方法の一つだ。

Remark ちょっと一言

この物語は残酷で切ない。それでいて爽やかさがある。

ブータンの山合いの集落

生きるってそういうものだろ? と、どこか達観しながら颯爽と流れゆく風を感じさせる。死を描くことで、生きることを浮き彫りにして魅せる。そしてブータンというヒマラヤの小国の存在を、静かに心の深いところに釘打ってくる。ストレートかつスマートに。

 

まさか自分がブータンの地を踏むことになろうとは。

この本を読み終えた頃には、とうてい想像が及ばなかった。

 

実はDVDも購入するくらい好きな作品だったりして。