◉ひとつ前のエピソード◉
ようやく滑走路エリアから空港の建屋の方へ人が流れ始めた。
少し遅れ気味にその流れに加わり、伝統装飾の彩りを眺めてみる。壁は白一色に統一され、屋根や柱、窓枠といったパーツには、原色が効いた伝統文様が施されている。
到着ターミナルを示すパネルも豪華に彩られ、近づいてみるとグラデーションが効果的に使われていることに気づく。派手な色味に目を惹かれながらも、その装飾文様のおかげか、どこか柔らかい印象が残る。
訪問したのは7月。さりげなく笹が飾られている。
笹とくれば連想するのは七夕。七夕といえば水害で農作物が被害を受けないよう祈ったり、手芸の上達を願って短冊を書いたりする季節的な行事だ。
日本の七夕は元々は中国から伝来した風習だが、ブータンにも同じような七夕の風習はあるのだろうか。
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イミグレーションのために空港内部へ侵入すると、待ち受けていたのは陽が差す静謐な空間だった。飛行機が到着して間もない空港内で、このように誰も居ない瞬間に立ち会えるのも珍しいように思う。
外装と同じく白壁に伝統文様の装飾が施された建築物は、その陰影までも美しい。
まるで王宮内部のような高貴な雰囲気が漂っていて、観光客と言うよりは大切な要人を受け入れるための応接間のようだ。
おそらく広告の類が一切無いからこその清浄な空気。こういった厳かな空間の実現は、どこの国にも出来るようでいて、意外と成り立たない問題に阻まれているのかもしれない。
人が全く居ない状態で写真を撮れた満足感が、あらためてこみ上げてくる。
関西国際空港が紹介する『KIXから、世界のどこまでも。ブータン、ここは本当に「幸せの国」? | FLY from KANSAI』でも触れられている通り、私もブータンの玄関口である、パロ国際空港は世界で一番美しい空港ではないか、と感じた。
残念ながら、数多くの空港を見て回ったわけではないから断言はできないが。
ただ、飛行機を降り立った旅人を迎える真っ白な壁と荘厳な装飾の、一見して空港とは思えないような豪華な建築物が、これから始まるブータンの旅への心持ちを格段に弾ませてくれることは間違いない。
入国手続が済むより前に、これほど気が引き締まる旅も珍しいのではないだろうか。
手続きを終え、いよいよ空港から一歩外へ踏み出す。ようやく本当の意味でブータンの地を踏むことになるのだ。
空港を出てすぐの空間で、民族衣装のゴを身に纏ったガイドのJさんとドライバーのSさんが予定通り待っていてくれた。短い日程ではあるが、彼らと共に行動することになっている。ブータン国内を旅行者が自由に個人旅行することはできないのだ。
それもブータンという国の文化や規律も守るためであろう。
ならば旅人も不躾に踏み荒らすことはせず、許される範囲で大切にしている概念や生き様に触れさせてもらうとしよう。