🚃Tiny Journey✈️

身軽に旅するミニマルバックパッカーの旅と読書の記録、時々手帳

書くことについてちょっと書いてみる

おひさしぶりです🌞cometです🦖

しばらく留守にしていました。

何してたん?とかそんなん誰も気にしてないけど、勝手に書きます。

 

山の中で見つけたきのこ

きのこにはなんの意味もありません。アポロみたいだなとちょっと思っただけです。

チョコレートのアポロは人類初の月面着陸を果たしたあのアポロ11号の特徴的な円錐形の形状をモデルにしたとか。じゃあアポロ11号のモデルは何なのか。意外と足元にいるこういうきのことかなんじゃないかとか、私が山を歩く時に考えているのは大体そんなことです。少なくともきのこの山はアポロから発想の転換(ビスケット挿した)で生まれたようです。なんだかこのあたりに小さな宇宙を感じます。

もっと自然を楽しめよと思われるかもしれませんが存分に楽しんでいます。

 

いや、そんなことより…

自分の書きたい方向性を考えて、整理して、書きはじめてという話です。

 

  

旅ブログ Tiny Journey

ブログを立ち上げた時のミッションは次の2つである。

  • 旅の最中に感じたことや考えたこと、学んだことを整理する
  • 旅先のふとしたシーンで面白いと感じたことを文章にする

 

それが書いているうちに、書きたかったことはこんなことか?という心持ちになってきた。自分が設定したミッションと書いている内容は一致しているだろうか?と。

 

ブログの目的

いつかそのうち旅ノートを創るという目的で、メモと文章と写真をまとめておいたり、構成を考えたりと私がブログを書くのにはそういう下書きの意味合いがある。こういうシチュエーションで、あの時なりに何かしら考えたりした自分が居たなと。

 

Web上に残しておけば、物理的にノートにアクセスできない状況下にいても、情報にはアクセスできるというメリットも有る。

 

いずれにせよ最終目的は自分の旅ノートを創ることなのだ。

 

書きたいことって?

99記事目を書いたところで、なんとなく100記事を目指していた私は目が覚めた。

 

何のために?

 

書きたい、つまり頭の中から取り出して整理したいと思うことはたくさんあったし、いくらでも書けるなこりゃとも思っていたけど、はじめのうちに書いていたようなことはわざわざ1記事にするほどのことでもないし、最終的に自分が読み返したいわけでもない。

だから自分の記事の多くが取るに足りない経験則のような内容になってきた時にちょっと違うなと言う気がしてスクラップ・アンド・ビルドをするんだと宣言した。

 

多くの記事を下書きに戻したり削除したりした。

 

残っているのは20記事ほど。

いや、全て大幅に加筆修正が加わっているし、何なら全く新しい20記事にすり替えたと言ってもいいかもしれない。

 

旅ノートを創るには

学生時代〜社会人初期にかけて、旅先でのメモや写真、パンフレットなんかを材料に旅の記録ノートを創っていた。写真を印刷して切って貼って書いて…とまあまあ面倒な作業だ。楽しいのだけど結構時間と手間がかかる。出来上がってくると達成感はあるけど、中々進まない。それに旅ノートに適したノート選びという悩みも尽きない。

 

その点Web上に書いておくのは、写真の選択や構成の変更を加える上でもとても便利だ。こうして書くためのプラットフォームがある今はハードルが下がっている。

 

旅ノートに向き合う時間

年に数回しか連休を取れなかった頃は、仕事終わりに旅へ出発し、次の仕事の朝に戻ってきてそのまま出勤という弾丸トリップばかりだった。旅の余韻に浸る間も振り返る間もなく、ましてや旅ノートをじっくり書くなんてことは、できないことは決してなかっただろうけど実際に行動に移すだけの心の余裕は無かった。

ちょっとした焦燥感を感じつつ、でも隙あらば旅立ちたいとう心持ちでチャンスがあれば出かけるようにするのが精一杯だった。

 

旅ノートを書く体制は作れずにいたのだけど、旅ノートを書きたいという思いはずっとあって、メモはできるだけとるように、資料や地図なんかはできるだけ確保するようにとやってきた。いつしかそれらが溜まり、ちょっとした焦燥感と使命感がごちゃまぜになってきた。

 

旅ノートなんぞ別に書かなければいけないものでもなんでもないが、自己満足の一つや二つ持って生きたっていいと思っている。

 

んで、結局なに書きたいんや?

旅に関してはハイレベルな経験値をもつ先人たちが情報発信をしているし、とりあえずはそういうことに関しては読む側でいいなと結論づけた。私自身もちょっと違った視点で何か発信できるかもしれないけれど、発信してくれる人が既に世の中にたくさんいるのだから、わざわざ手を出す必要もない。私は自分のために書けばいい。

 

だから自分のブログは何か人の役に立つような情報発信の場でなくとも良いし、自分としてもそれがやりたいわけではない。最終的に自分が読みたいことを書けばいい。そんな風に結論づけた。ノートを読み返して、そうだったそうだったと振り返ることができればそれでいいのだ。

 

だからわたしはわたし以外には何の価値もないかもしれないことを書くことにした。

つまり自分の旅の記録や最中に感じたことや考えたこと、学んだことだ。

少なくとも一人の、わたしという読者のために書く。

 

 

読みたいことを書けばいい

ちょうどその頃、読みたいことを書けばいいという本に出会った。

なんてドンピシャなんだろう。

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

 

 

誤解のないように書いておくと、読みたいことを書けばいいというフレーズはわたし自身が生み出せたものではない。まるでわたしが発した言葉に重なるように現れたかのような流れになってしまったがそうではない。

書いていく方針について考えていた頃、自分の考えをどう表現して良いのかわからずにモヤモヤしていた。言いたいことを表す言葉を知らずにむしゃくしゃしてしまう子供はこんな心持ちなんだろうかと考えた。そこにふわりと舞い降りてきたのがこの言葉だ。

読みたいことを書けばいい

スッキリ!とはまさにこういう事を言う。

 

著者について

著者の田中泰延氏のことを知りたかったらTwitterを拝見するといい。

わたしは知り合いではないしお目にかかったこともないわけだから、こんな方だと説明するのもおこがましいし、そもそも説明できるほど知っているわけではない。

 

ちょっとだけ書いておくならば、以前にネットニュースで青年失業家を名乗る方が取り上げられていて、なんだか面白いことを言う人だなと思っていた。その時 funny や interesting ではなくて cool だなと感じたわけだ。wit や esprit とも言いかえられるかもしれない。

ただ青年失業家という言葉ばかりが記憶され、失礼ながらお名前の方はきちんと思えていなかったのだ。本が話題になってそのことも取り上げられるのを見たりして、ああ!あの時の方だったのか!と注目せずにはいられなかった。ご本人の語るキャッチーな肩書きにまんまとやられたと言えるのかもしれない。

 

Twitterを眺めてみると

Twitterを眺めれば、膨大な言葉の奔流の中に魅力を見つけることができるだろう。

本や対談、執筆関連の紹介、講演等の周知、仕事観についてだけでなく、ふざけたり、くだらないことだって、いきどおりだって発信する。そういったことの中に物事の大切なことが散りばめられているわけだ。その語り口は軽やかで、まるで言葉の波乗りをしているかのようだ。

それらをひっくるめて眺めると、とても哲学的で cool だなと感じるのだ。

本当にたくさんの言葉を編む方だからこそ、そこから本質的なことを探し出すのが楽しいし、その言葉を通してこの人を見習いたいという気持ちになる。

 

そもそも発する言葉の全てが素晴らしい内容であるのは、ちょっと胡散臭くはないか。そういう視点で考えるきっかけにもなった。

 

真面目にふざけるのは面白い

人間いくら年を重ねたところで、子供の頃や若者の頃の自分も全部ひっくるめて今の自分だ。子供は大人になろうとするが、大人だって主体的に子供ゴコロを表現しても良いと思うのだ。子供ゴコロを切り捨てる必要は全く無い。むしろ器が大きくなくては子供ゴコロを内包しておくことなんてできないだろう。

 

だから青年失業家である田中泰延氏がおちゃめにかつ自分だけの生き方をごく真面目に体現しようとしているのは素敵だし、もっともらしい内容ばかりを切り取って話すよりも真摯だなと思えるのだろう。

 

本を読んで

著書が話題になっているし、著者も魅力的な方だからファンもたくさんいる。もちろん私もその一人だが、その沢山のファンの方たちが読書感想文を書いたり、本の紹介を書いたりしているので、簡単に本の知りたかったら検索してみるといい。

そして、やはり私はそれらを拝読して楽しむ側にいることにする。

 

ひとつだけ言い添えるなら、特にブログを書いている人は一度読んでみてはどうかということだ。内容が響くかどうかは、書き手と読み手の波長にもよると思うので、本自体が素晴らしいかそうでないかはそもそも読み手が好きに評価すればいい。

  

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

 

 

そんなことよりも、とにかくこの本は文章術の本ではないのだ。

 

読んだ人それぞれに意味合いが生まれるのではないだろうか。

わたしの場合は自分なりの生き方を考える一つのきっかけだった。

 

とにかく文字が大きくて、充分な余白が用意されているので書き込みしたい放題だ。ぜひ紙の本を手に入れてこの本と対話してみることをオススメする。私はまだ1度しか読んでいないが、一気に読み終えてしまった。この先も定期的に読みかえしたり書き込んだりするつもりだ。

 

みんなが欲しがりそうなものを一所にいっぱいに集めてあるのをつかみ取りをするのと、砂浜を適当に歩きつつ桜貝とかスカシカシパンとかを見つけるのと、どっちが好みかと言うと少なくとも私は後者だ。ようは宝探しをするようでいて楽しいわけだ。

 

この本の中を読み歩いて言葉の宝探しを楽しむ人が増えたら私も嬉しい。

 

 

noteはじめました

そんなこんなでブログの大改修を進める傍ら、note媒体でも雑記を書き始めました。

一番最新の記事『ときどき自分の軌道を確認する』は、元々このブログに書いてた記事を大幅にリライトしたもの。

 

この記事でも書いたけれど、わたしが書く最大の目的はデトックス。

 

noteを使い始めたのは…

実はnoteがローンチされた2014年から利用開始。

ただなんというか…まあ平たく言うと当時は続かなかった…

 

その理由として考えられることは…

  • 書こうという気持ちだけが前のめり
  • 内容が上手くまとまらない
  • 頭の中がごちゃごちゃしている
  • ダブルワークで仕事・移動・寝るで終わる日々
  • いつしか書こうとする気持ちがプレッシャーに

 

当時はまだnoteのサービス自体をどう使っていこうかとユーザーも探り探りの雰囲気で、みんな書きたいことを書きながら、アイデアを色々試すような場だったと思う。

それ自体はすごく楽しくてワクワクしていたが、繁忙期が近づくにつれわたしは脱落し、フェードアウト…

 

運命の出会い

慌ただしく錯綜する日々に疲れ、あれ?私このままでいいのか?やりたいことをやりきれていないのでは?と気付き始めた頃…(ちょっと遅いよ…)

このほぼ日手帳との出会い ↓ ↓ ↓

2015年の秋、地元のLOFTでキレのある二度見を繰り出した私が見たものは、任天堂のRPGゲーム、MOTHER2の愛くるしい登場人物たちにくるまれたほぼ日手帳だった。

 

手にとって迷わず滑らかな動作でレジへ向かう。

1日1ページの手帳?一体何に使うのだろう。

わたしの書く歴史はここから始まった。

 

ほぼ日の上にも3年 

はじめはあれこれと何をどうどこに書くかとか色んな試行錯誤を試したものだ。それはいつしかある一点に収束した。それは思ったことをメモしておく場だ。

 

 

ほぼ日手帳を使い始めたのとinstagramを使い始めたのはだいたい同じ頃で、はじめは旅先で撮った写真をアップロードしていた私は、何を思ったのかほぼ日手帳の中身を載せ始めた。

 

要は他の人がどんな使い方をしているのか興味があったから、自分も載せてみた。そうすれば自然と趣味性のの似たユーザーとの距離が近くなるからだ。

 

内容は人にエンターテイメントを提供できるようなものではないけど、ぱっと見の雰囲気を眺めるような体で、読みたければ拡大すれば読めるといった解像度で投稿した。instagram自体が画像の投稿サイトなのだから、絵的に楽しむ人がほとんどだろうと思っていた。その予想を裏切る形で、意外と手帳の中の文章そのものを読んでコメントをくださる方がいたりして、驚きつつも嬉しかった。

 

そういう事もあって、ああわたしは思ったことを適当に好きなように書くというのが意外に好きなんだなと気づくことができた。

 

ただ、頭の中を流れていくことは膨大で、ほぼ日手帳だったらオリジナル(A6)でもカズン(A5)のどちらを選んだとしても到底収まりきらない。だからこそほぼ日手帳に書いてある文章は、かなり端折って雑に書き留めたただのメモなのである。

 

とりあえずは旅先でのことをまとめたくて、2018年の夏にブログを開始した。そうしたら意外と旅先でのこと以外にも書きたいことが出てきて、旅のブログのようなそうでないような感じになってきた。時代が令和に移る頃、気を取り直して旅のブログに仕上げようとはてなブログのProに移行したが、やはり旅先とは関係の薄いことが侵入してくる。

 

なせだ?

 

答えは簡単で、旅に出ている時間よりも日常を過ごす時間の方が圧倒的に長いからだ。簡単に日常的に考えていることに頭の中が埋め尽くされていく。旅のことを書きたいのだけど、頭の中から日常の中の発想を取り出してやらねば、中々旅のことがクリアにならないのだと理解した。

 

それがnoteの媒体でも書き始めた理由だ。

noteでは雑記を書く。

紙のノートのように空間サイズを気にする必要がないのがいい。

とにかく自分の中に蓄積したものを言葉に昇華してしまう。

そしてブログではいずれ旅ノートに書きたいことに集中する。

ほぼ日手帳に黙々と書き続けることで、そういうことも見えてきたと言えるかもしれない。

 

noteにはどんな記事を書くのか

旅や日常と区切らずに、自分が生きている中で感じていることを土台に書いていく。旅先での体験なのだけどなんとなく日常との間のような内容はnoteに集約する。

たとえばこの記事なんてモロにその類だ。

 

 

それから大好きな奈良について取り上げた記事なんかもnoteにまとめる。旅先のスポット紹介ではなく、この土地で過ごすという視点ならば…という要素強めで。もちろん奈良を訪問したい人の参考にならなくもないような記事になればと思う。

 

 

雑文ばかりで、自分以外の者が読んで面白いかは謎だけれど、noteはざっくばらんに書きたいと思う。今の所noteの方が更新頻度が高くなるかもしれない。それは先程も書いたように、旅に出ている時間よりも日常を過ごす時間の方が圧倒的に長いからだ。

それでもブログとnoteとほぼ日手帳を行ったり来たりしながら、書き散らしていこうと思う。

 

noteのマガジン機能

noteには記事をまとめるマガジンという機能がある。これは自分の書いた記事はもちろん他の方が書いた記事も気に入ったものを自分のマガジンに加えることができる。ブックマークのようでいて、自分だけの本棚のような雰囲気で気に入っている。

 

私の記事ははともかく他の方が書いた記事で気に入ったものや勉強になったものをまとめたマガジンも少しづつ追加しているので、良かったら覗いてみてください。

 

有料設定の意味

noteは記事を有料に設定しています。ただ、本文は全文無料で読めます。意味がわからないと思うかもしれません。noteではクリエイターをサポートするという機能が追加されたのですが、それよりずっと前から『投げ銭』というスタイルがあります。

 

私としては記事を売り物とは考えていません。何故なら人がお金を出して買いたくなるような文章は書けないから。そんな価値があるとも思えない。だからお金を払わないと肝心な部分が読めないという設定には基本的にはしないつもりです。

 

じゃあなんで有料設定にしているのか?

 

それはこの記事を読んでいただければと思います。

 

自分が書いたり旅に出たりする行動に、社会貢献のようなものを重ねられないかなあと考えています。自分ひとりを通して還元できることなんて小さいものだろうけど、小さいことをたくさんやるという方法もあると思うのです。小さなPay fowardならちょっとやってみるということのハードルがすごく低いだろうから。すでにいくつか記事を購入してくださる方もいて嬉しい限りです。1記事100円。そのうちの10%つまり10円は何かの形で支援に回します。できればもう少しまとまった額でやりたいとは思っています。

 

サポート機能だけで充分では?と思うかもしれません。上の記事にも書いているけれど、記事ごとに支援先を設定するなんてこともイメージしているので、今の所記事を有料(ただし本文は全文公開)としてやってみようと思います。

 

それに購入してくれた人にありがとうの言葉だけじゃなんだか足りない気がして、購入特典おまけの何かしらを記事の有料部分に付けることにしました。本文とは別に追加で何か書いてます。それが私にできるささやかなお礼です。

 

最後に

ここまで読んでいただいた方はなかなかの猛者かと。

本当にありがとうございます。

とりとめもない文章に貴重な時間を使ってくださったことに感謝いたします。

今後ともよろしくお願いします。