米粒遊歩 〜自由と孤独と本と手帳〜

旅の手記、読書の記録、時々手帳。主人公ツバメが小説風に展開します。

【NOTEBOOK】365日、ほぼ日手帳と一緒に旅をする

本ブログは小説風に展開しております。

 平日の昼下がり。

 チェックイン客を迎える準備を終えた瑠璃は、アイスカフェラテを入れて一人がけソファに身を沈めた。慣れた手付きで、ソフトを挿しっぱなしのレトロな小型ゲーム機のスイッチを入れる。

 子供の頃に出会った『任天堂』のファミコンゲーム『MOTHER2』。大人になった今でも、あんな風に世界を旅してみたいと憧れ、この懐かしい姿の小型ゲーム機とゲームソフトをあらためて入手したのだ。せめて、この世界観に浸ろうと。

 

 暇さえあれば、瑠璃は『MOTHER2』の世界にダイブする。何もVRでなくとも、単に気持ちの問題である。

 今の御時世、この民宿〈朱鳥(あけみどり)〉へやってくる〈旅鳥(身軽な装備で各地を周遊する者)〉は少ない。つまり暇なのだ。県境を跨ぐ移動の自粛が要請され、取り残されたように、この山合の土地に居座る根無し草を受け入れるばかりである。

 いや、有り難いことに間違いないのだけど。

 

 この奈良という土地に生まれ、祖父の代から続く民宿〈朱鳥〉を親から継いで以来、瑠璃は殆ど奈良から出ていない。宿を訪れる旅鳥たちが語る旅の光景に憧れはするものの、自身が旅に出るきっかけも機会も掴めずにいた。

 

「別に事件を解決したり、地球を侵略する宇宙人と闘ってヒーローになりたいわけちゃうけど、ただ、外の世界を自分の足で踏みしめてみたいんよなあ」

 

 ゲーム機の画面の中では、主人公の少年が『おとのいし』と呼ばれる不思議なアイテムに、巨大な足跡が残る場所の音を染み込ませているところだ。もう何度、このシーンを見たことだろう。繰り返しプレイしてなお、ノスタルジーを感じるのは、祖父の形見としてずっと大事にしている青い石のせいかもしれない。

 

 瑠璃は画面の中の主人公を操作し、自宅の黒電話の受話器をとった。単身赴任中の父親に電話すると、セーブされるシステムなのだ。

 瑠璃はキリの良いところでゲーム機の電源をオフにして、氷が溶けて薄まったカフェオレを啜った。

 

ラピスラズリの石と富士山のブラスタグ、正円のガラスと木の石ころイヤリング

 お守り代わりの青い石は〈ラピスラズリ〉だ。生前の祖父から譲り受けたもので、まるで宇宙から見た地球のような色をしている。空の色か海の色なのかは分からないけれど、『MOTHER2』に登場する『おとのいし』のように、その土地の風のメロディを記憶してくれそうな気がする。

 いつかこの石を持って、見知らぬ土地を巡ってみたいものだ、と瑠璃は常々思っていた。が、思うに留まっているのが現状だ。

 

 自分で木を削って作った〈木の石ころ〉と、ガラスを正円になるように削り出した作家さん作の〈白光ガラス〉のイヤリングをそれぞれ耳たぶに吊るすと、アイテムを装備した気分になるらしく、仕事の時は欠かさず身に着けている。

 

「今日の予約は確か……一組やったはずやな」

 予約管理に使っている『ほぼ日手帳』を取り出し、瑠璃が今日の予定を確認したところで、けたたましい音が鳴った。

 カフェと一体になった受付スペースの片隅に置いた黒電話を眺めながら、スマートフォンの通話ボタンを押す。

 亡き祖父の時代の思い出であるダイヤル式の黒電話は、今は使ってはいないものの、『MOTHER2』の雰囲気を楽しむためにインテリアの一部として活躍してくれている。瑠璃はスマートフォンの着信音を黒電話の音に設定しているのだ。

 電話に出ると、案の定キャンセルの電話だった。

 

 電話を切って、ふぅとため息をつく。

 ゲームの中では、相手が電話を切った『ガチャン、ツーツー』という文字が台詞欄に表示されるが、他に誰も居ない民宿〈朱鳥〉には、ただ静寂が戻った。

 開いたままの『ほぼ日手帳』の今日のページを見つめ、唯一書き込んであった予約情報に大きくバツを付ける。

 『MOTHER2』を気兼ねなく再開できると喜ぶべきか、落胆すべきか……

 

「折角やから、この間ゲットした『MOTHERのことば』でも、じっくり読もかな」

 

 一日1ページの『ほぼ日手帳』は、次の日も、その次の日も、白紙だ。

 祖父が、両親が残した古めかしいだけの、良く言えば古き良き民宿〈朱鳥〉は、どうにも中途半端らしく、人気が高い新興のモダンなデザイン性の高いゲストハウスや、町家をオシャレに改装した民宿に客を持っていかれがちだ。

 

 瑠璃はパタリと手帳を閉じて、あらためて表紙を眺めた。

ほぼ日手帳のmother2 CASTのカバー

 一番のお気に入りの『MOTHER2』シリーズの〈CAST〉は、最も付き合いの長い『ほぼ日手帳』カバーだ。

 

 なにを隠そう『ほぼ日手帳』を知るきっかけになったのは、『MOTHER2』なのだ。

 今は無き奈良のイトーヨーカドー。その一階に広がっていた『LOFT』。本当に偶然の出会いだった。店の前を通りかかった際に、このカバーの絵柄が視界の片隅を過ぎったのは偶々だ。

 はたと立ち止まって二度見した瑠璃は、コレまで使ってきた手帳に比べると重量感とボリュームのあるほぼ日手帳を手にして、じっくりと『MOTHER2』の〈CAST〉のカバーを眺めていた。

 

 購入するか否かを悩んでいたのではない。

 初めて存在を認識した一日1ページの手帳を、一体何に使えば良いだろうか、と購入することを前提に、頭をフル稼働していたのだ。

 不可能なことなど無いような気分で。

 

 以来、民宿〈朱鳥〉の予約管理に『ほぼ日手帳』を使うようになった。

 右上のチェックボックスはToDoリスト、広いメインスペースには、予約者名、連絡先、人数、泊数、部屋の配置といった基本情報を書き、余ったスペースにその日の一言日記のようなものを書き込んでいるようだ。

 

「この『日々の言葉』がええんよ。な〜んか、しみじみとして。ゆっくり読み進める本を一冊、手にしたみたいで。自分でも何かを書き込むことで、未完成の本を仕上げていく感じやな」

 選びぬかれた温かく柔らかい言葉がページ下部に記されていて、瑠璃はこれを読むのを毎日の日課としている。

「あれ以来、毎年『ほぼ日手帳』を使うようになったけど、なんとなく相棒みたいに感じてまうんよなあ」

 

 日記を書く習慣自体、これまで無かったものだ。いつの間にか『ほぼ日手帳』は、瑠璃にとって内面を受け止めてくれる存在に成り上がったらしい。なんとなく、深く考えずにがむしゃらに、そんな風だった瑠璃にとって、生き方を変えようという気持ちの変化が起こした存在でもある。

 

「できることなら、365日、一日1ページを記録しながら、旅してみたいもんやわ。ネスたちみたいに」

 『ネス』とは『MOTHER2』に登場する主人公の少年である。

 

「旅に出たら、なんかこう、『書いとかな!』って気分になりそうやしな。きっと書くことなんて山程あるやろうし」

 

例えば…

  • 食べたもの / 店
  • 出会った人、話した人
  • 服装
  • 泊まった宿
  • 滞在した街 / 国
  • 訪問したスポット
  • お金の記録
  • 感じたこと

 白紙の手帳を持って旅に出て、日々のこと、心境の変化をつらつらと書く。旅が終わる頃、手帳はどんな風に、自分はどんな風になっているのか。

 

 などと、瑠璃が妄想を膨らませていると、不意にコレまでに入手した『ほぼ日手帳』の『MOTHER2』シリーズのカバーを並べて眺めたくなったようだ。

 おもむろに本棚から引っ張り出し、カウンターの上に並べていく。

mother2シリーズのほぼ日手帳カバー

 左から順に〈CAST〉〈サターンバレー〉〈memories〉〈3ばんめのばしょ〉だ。どれも思い出深い『MOTHER2』の光景が切り取られている。

 

「ほぼ日手帳オリジナルのカバーだけでこんなに……毎年、コレが最後や!と思ってるはずなんやけどな」

と、どうやら自分でも驚いているらしい。

 

 にもかかわらず、ちょっとプレミアム感のあるヌメ革、しかも〈CAST〉のデザインが発売され、迷う余地もなく……

mother2シリーズのほぼ日手帳カバー『CAST』レザーバージョン

「ほんま、こんなん反則や。一番お気に入りのCASTの絵柄で、しかも育てるカバーなんて」

 

 日光浴させたりしつつ、探り探り育てようという決心の元、カバーコレクションにお迎えしたのである。

手帳カバー『CAST』の絵柄の全貌

 

 

 さらにはこれに留まらず……

サイケデリックな柄のほぼ日手帳カバー
歴代の5冊のほぼ日手帳weeks
MOTHER2シリーズの三種のほぼ日の下敷き

 

 カバーもweeksタイプの手帳も増え、下敷きまでコレクションする始末。サイケデリックな柄のカバーも『MOTHER2』シリーズの敵キャラが勢揃いする〈ゆくてをふさがれた〉である。

 ゲーム内で敵キャラが現われた際に、『ゆくてをふさがれた』と表示されるのだ。

 

「旅に出られなくても、せめて〈空想の旅〉を描くとか、〈日常〉をまるで〈旅先〉に居るかのように綴ってみようかなあ」

 

mother2シリーズのステッカーシール
どせいさん柄の下敷きとシールを貼り付けた手帳のページ

 そんな風に呟きながら、オマケの『MOTHER2』シールをなんとなく手帳に貼り付けてニマニマしているところへ、誰かがふらりと入ってきた。

 玄関先に吊るした風鈴が涼し気な音を立てた。

 

「すみませ〜ん。予約してなくて申し訳ないけれど、宿泊させてもらえませんか?」

 軽快な声に、「待ってました」といった顔で瑠璃の顔が輝く。

 

 民宿〈朱鳥〉に現れる旅鳥たちは皆、流れゆく者だ。誰かが去れば、また誰かがやってくる。その一期一会を大切に。

 祖父が口にするのを繰り返し聞いた幼い頃の記憶が、不意に舞い戻ってきたかのように、瑠璃はモチロン! と元気よく応えた。

 

 

 

 *民宿〈朱鳥〉はこのブログのキャラクター瑠璃が営む、架空のゲストハウスです。

 

 

 

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