米粒遊歩 〜自由と孤独と本と手帳〜

旅の手記、読書の記録、時々手帳。主人公ツバメが小説風に展開します。

【NOTEBOOK】旅人必携*測量野帳

本ブログは小説風に展開しております。

「ねえ。それ何?」

「え?」

 ゲストハウスの共有スペースで寛いでいると、声をかけられた。口をつけかけた珈琲カップを余所にそちらを見る。少しカタコト感があるけれど、それなりに流暢な日本語だ。ゆったりとラフな格好から察するに、既に風呂を済ましたのだろう。

「その緑色の表紙、どこかで見たことある気がする」

「ああ、これですか」

 手元の小さなノートに目を落とした。

 旅に出る時はいつも、一冊のノートを用意する。旅に必要な情報を書き込み、旅先での思い出もリアルタイムで蓄積する。全てデジタル化してしまえば良いのかもしれないけれど、紙のノートだからこそできる楽しみ方もあるのだ。

「これは測量野帳と言うんです」

「野鳥?」

『フィールドノート』といえば良いかな」

 「ああ、ナルホド。野帳ね」

 

 旅先での時間はあっという間に過ぎていく。

 旅から戻った時間は、いつまでも旅の気分で浸っていられるわけでもない。だからこそ、旅先でも、戻ってからでも、手軽に『記憶の断片』を纏めてしまえる『場』があるとイイ。

 それだけで、勢いよく過ぎ去っていく時間を、さらに充実したものにできるのだ。

 これまでの旅でつくづく実感してきたこと。それは一冊のノートがあるのと無いのとでは、旅の思い出が雲泥の差になるということだ。

 だからといって、まさか旅先で自分の測量野帳を元に盛り上がることになるなんて、思ってもみなかったけれど。

無印良品のPPボックスに収納された歴戦の測量野帳たち

「旅に、僕にとっての『フィールド』に出かける時は、いつも測量野帳を持って来るんですよ」

 そういって僕はスマホの中の画像を見せた。これまでの歴戦の測量野帳と、ストックの測量野帳が無印良品のPPボックスに整列している。歴戦の野帳たちは、言わずもがな、その風格を断面に宿しており、どれ、などという野暮な質問はする必要がない。

使い込んだ測量野帳の側面

 測量野帳を気に入っている理由の一つは、この【使い込んだ感】だろうか。どんなものでも、使い込めばそれなりに風合いが変わってくるもの。使い込むほど良い顔になってくる革製品は魅力的だが、この測量野帳もそれに準ずると思っている。

 元より野外での使用を想定した測量野帳は、過酷な環境、時間経過にも耐える非常に頼もしい存在。長く使用すると角の部分は傷んでくるけれど、【頑丈】でノート自体がバラバラになることはない。

 

 とはいえ、カバーもちゃんとある。

 

 コクヨのクリアカバーなら、測量野帳の表紙も見える上、内側にちょっとしたメモなんかも挟めて便利だろう。専用の革カバーを作っているメーカーもある。革カバーにぴったりフィットするペンホルダーまで!

 こういった商品が作られるのは、測量野帳の愛好家が多い証拠だろう。 

 

「色々あるんだ。でも、カバー付けないの?」

「僕の『フィールド』での時間を共にしたからこそできた綻びだしね」

「じゃあ、勲章みたいなものかも」

 それはちょっとカッコつけてるかもしれないと思って、自分では言わなかったことで、何の気無しに言われて少し恥ずかしくなった。

「繕いながら使い続けるのも、味かなって思うんだ」

マスキングテープで表紙の端を補修した測量野帳

「フーン。これはマスキングテープってやつ?」

「そうそう」

「たしかにこうして風貌が変わっていくのは面白いかも」

 その通り。傷痕は勲章みたいなものだ。補修しながら使い込み、自分仕様の1冊に仕上がってくるとより愛着が湧いてくる。かけがえのない思い出になることは間違いないだろう。

 

「ねえ、中身も見せてよ」

「え?」

 もう話は済んだかとばかりに、少し冷めた珈琲を啜ったところだった。

「さっきチラッと見えちゃったし。いいでしょ?」

 やけにグイグイ来るな。別に見られて困るもんじゃないけれど。僕は渋々、測量野帳を手渡した。

「あたし、チドリ。あなたは?」

「チドリ? 旅鳥なんて、洒落てるね。僕はクロドリ。玄鳥至」

「クロドリキタル?」

「そう。七十二候の『玄鳥至(ツバメキタル)』と書くんだ」

「へえ。自分だって夏鳥のクセに。人のことだけ棚に上げちゃって」

「言えてる」

 渡り鳥同士の出会いに、なんだか可笑しくなって二人して笑った。

 

 僕の野帳を開いたチドリは、早速お目当てのページを見つけたようだ。

「これこれ、さっき見えたやつ。なんなの、これ?」

旅先で見つけたスタンプを押したページ

「見ての通り、スタンプだよ。海外でも時折見かけるけれど、日本はあちこちに記念スタンプ設置されているんだ。ミュージアムなんかは、特にお目にかかる機会が多くて、見つけたら押してる。僕みたいな電車旅やミュージアム巡り好きにとっては、このスタンプ自体が旅の記録になるからね」

「へえ、面白そう」

掛川と海老名サービスエリアのスタンプ

「こっちは高速道路のSAのスタンプ。自家用車の場合はともかく、高速バスの休憩時間に、時間制限の中で探し出すのは中々面白いよ」

遠州森町サービスエリアのスタンプ

「その土地の象徴が絵柄になってるってわけか。確かにそのまま記録になる」

「まあSAに立ち寄っただけで、絵柄の場所に行ったわけではないけれど、また別の旅のキッカケにもなるかもしれないしね」

浅草寺のおみくじ

 なんならおみくじだって貼り付けちゃうしな。キャンプに持っていた食材のパッケージシールとか。

測量野帳に貼り付けたソーセージのパッケージシール

「要は、ツバメは 測量野帳を台紙として使ってるってこと?」

 チドリはナチュラルに僕のことをツバメと呼んだ。

「うーん、そういう側面が多いけれど……って、僕はクロドリだって」

「ま、いいじゃないの。ツバメさん」

 そう無邪気に言われると返す言葉もない。実際、よくそう呼ばれるのだ。自分の名前を説明するのに、『玄鳥至』を引用するからなんだろうけど。

「いいけどさ。当然、ノートとしても使ってるよ。例えば……これとか」

ブータンの旅でガイドさんから聞いた話をメモしたページ

「ブータンへ行った時に、ガイドのJさんが話してくれたことをメモしたんだ」

「なぐり書きに当時の臨場感が……」

「言わないでくれ……でも、測量野帳って【表紙が硬い】からさ、外で立ったままメモ書きするにも使いやすいよ」

 帰ってきてから写真を見返すだけじゃ思い出せなかったりすることも、こうして文字として残っているだけで、不思議と当時のあの場所に時間に戻ることができる。

「それにしても、ブータンへも行ってたんだ。世界一幸せな国?」

「うん。でも、それはまた別の話」

「まあね。また聞かせてよ」

 僕はコクリと頷いた。チドリとは、偶々ゲストハウスに居合わせただけだ。この先また会うかどうかはワカラナイ一期一会。けれど、もしまた会うことがあったら、そんな話に花を咲かせるのもいいかもしれない。あれもまた、思い出深い時間だったから。

 

「他には?」

「僕はミュージアム巡りが好きなんだけど、時間との戦いだから、事前に特別展の会期開館時間休館日料金なんかを一覧にして書き出してる」

測量野帳に一覧表として纏めたミュージアムの特別展情報

「マメだね〜」

「いや、ほんっとに時間との勝負なんだって。大体夕方には閉館だからさ。特に遠方に赴いて巡る場合は、一日に2つか3つ回りたい。そりゃあ、一日に一つずつゆったり巡れたらいいけれど、時間もお金も無限には無いからね」

「そりゃあそうだけど、時間に勝負を挑むなんてねえ。一日に3つって……」

「金・土は20時まで開いているミュージアムもあるんだ。月曜休館のところが多いけれど、そうじゃないところもあったりで」

「ああ、上手く組み合わせて合理的に動きたいってわけね」

「そういうこと」

 実際、思った以上にその特別展にどっぷり浸って予定変更することもある。最寄り駅や会期の情報一覧があると、優先順位の判断を素早くすることができる。その時の限られた時間を無駄にしないために、臨機応変に動けるように、工夫していることだ。

 

「で、こうなるわけね」

「まあ、貼るでしょ。やっぱり」

ミュージアムの特別展のチケットを貼り付けた測量野帳

 ミュージアムの特別展のチケットは目玉の作品がプリントされていることも多く、ひと目であの時の、という記憶の想起に繋がる。

 初めはなぜか「もったいない」というような観念に囚われて、ただチケットの束を集めていたけれど、チケット束にしておく方が勿体なく思えるようになって、測量野帳に貼り付けるようになった。

 何しろ測量野帳のサイズはチケットを貼り付けるのにピッタリなのだ。

「これも旅先でサクッと貼ってしまった方が、バラけないし、旅から戻った後に作業を残さなくても済む。だから手軽に貼れるように、いつもテープのりも持参してる。

 今までに試したテープのりの中で、一番扱いやすく、粘着力も申し分ないと僕が感じたのは、

トンボ鉛筆 テープのり ピットパワーC PN-CP スタンダード

かな。詰替カートリッジ式なのも有り難い。愛用のテープのりだ。

測量野帳の表紙裏にクリップで挟んだ乗車チケット

 測量野帳の表紙にクリップを用意しておくと、チケットを失くさずに、一時的に保管することもできる。宿で落ち着いたら、ペタペタと貼り付けるだけ。

「へえ、中々アイデアが凝縮されてるってわけね」

 改めてそう言われると、少し照れくさい。それなりに試行錯誤して、使い勝手を追求してはきたけれど。

 

「で、こんな風にカスタマイズしちゃったりもするわけだ」

「ああ、これは結構お気に入りかも」

ステッカーかカードホルダーを貼り付けた測量野帳の表紙裏

 TRAVELERS FACTORYのステッカーは、毎年テーマがツボすぎて、つい買ってしまう。カードホルダーもショップカードを滑り込ませておくのに便利だったりする。なんでもかんでもクリップに挟むには限界があるから、いい分散方法になっている。

「やっぱり貼り付けるのが好きなんだ」

「まあ、否定はしないけど。とにかく【コンパクト】【軽い】から、身軽に旅をしたい僕にはピッタリだと思ってる。

計りに乗せて計量中の測量野帳。ディスプレイには72gと表示されている。

「野帳は【薄くて小さい】から、荷物の隙間に忍ばせておける。返せばスムーズに取り出しやすいってことだ。これが結構重要なんだよ。取り出すのにもたつくと、もういいやってなっちゃうからさ」 

一冊72gの頼れる相棒ってわけ?」

「そういうこと」

マスキングテープで目印を付けた測量野帳
限定表紙の測量ノート

「スタンダードな野帳をマスキングテープやステッカーでカスタマイズするもよし、ご当地限定野帳を、その土地の旅の記録にするもよし」

「あ〜、それは楽しそう」

「コラボ商品が沢山あるのも楽しみの一つかな。古墳とか、琵琶湖とか。それこそ、オリジナルの野帳を出してるミュージアムもあったはず」

「色は緑色だけなの?」

「いや最近、赤や黄色も見かけたかな。ちょっと値段は違ったと思うけど」

 

 1 冊 210 円(+tax)の測量野帳は、コンパクトな仕様の中に紙がぎっしりと詰まっている。僕は安定的なヤチョラー(測量野帳ユーザー)だから、スタンダードな測量野帳をまとめ買いすることで、最上級のコストパフォーマンスを得ているのだ。

 これならどんどん書いて貼って、どんどん使ってやろうと意欲的になるのも頷けるはずだ。

「それにずっと変わらない、という良さもあると思う」

「どういうこと?」

「測量野帳は1959年に発売されてから、仕様変更されていないんだ。だから、ずっと同じ感覚で使い続けられる安心感がある」
 慣れた空間書きやすい紙質いつもどおり手に馴染む感覚。こういったことは、使い勝手に静かに響くポイントだと思う。書き溜めたノートも、揃っているからこそ保管もしやすい

「意外と大事だと思うんだ。慣れた感覚って」

 

「それは言えてるかも……それはそうと、中身のデザインって、この方眼一択なの?」

「コクヨの測量野帳には3種類のフォーマットがあるけれど、僕は3mm方眼のSKETCH BOOKを愛用してる」

 TRANSIT BOOKLEVEL BOOKというのもあるけれど、これらは測量士さん向けのフォーマット。でも、なにか面白い使い方ができないかと、アイデアの種は探している。

 

 何故なら、測量野帳の発売60周年の限定野帳ポケットを持つ動物がモチーフのシリーズで、つい……手にしてしまったから。計量に使ったのは、考古学者ウォンバット先生のSKETCH BOOK

 あとからサコッシュ付きの限定BOXがあるのを知って、悔しい思いをしたことは黙っておこう。

「おかげさまで、測量野帳は使い勝手良し、コストパフォーマンス良し、ってことがよくわかった」

「それは良かった」

 僕はすっかり冷めきった珈琲の残りを一気に飲み干した。

「あなたの野帳愛もね」

「まあ、野帳じゃなくても、ノートを一冊持って出かける習慣ができると楽しいということは自信を持って言えるよ」

「私も一冊用意してみようかしら」

「それは是非とも」

 そう言って僕は立ち上がった。銭湯へ行かなきゃ。近いけれど、急がないと閉まってしまう。すっかり忘れていた。

「それじゃあね、ツバメさん」

 僕はチドリに片手で合図だけして、急いで荷物を纏めた。

 そういうわけだから。じゃあ、また。

 

 

 

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